自覚症状のない時期に始まる、血糖と代謝の変化 ―
糖尿病は、ある日突然始まる病気なのでしょうか。
健康診断で「血糖値が高いですね」と言われたとき、初めて糖尿病を意識する人は少なくありません。
しかし、2型糖尿病の場合、診断される何年も前から、体の中ではさまざまな変化が起きていることがあります。
研究では、糖尿病を発症した人の一部に、診断の3〜6年前から血糖値やインスリンの働きに特徴的な変化が認められています。
つまり、糖尿病の始まりは、診断された日よりもずっと前にさかのぼる可能性があるのです。
今回は、その見えない変化を詳しく見ていきたいと思います。
1.最初に変化するのはインスリンの働き
私たちが食事をすると、ご飯やパンなどに含まれる炭水化物が消化され、ブドウ糖となって血液中に取り込まれます。
そのとき膵臓から分泌されるのが、インスリンというホルモンです。
インスリンには、血液中のブドウ糖を筋肉などの細胞に取り込ませ、血糖値を下げる働きがあります。
ところが、体質や内臓脂肪の増加、運動不足などによって、インスリンが十分に働かなくなることがあります。
これを「インスリン抵抗性」といいます。
インスリンは分泌されているのに、細胞がその働きに十分反応しなくなる状態です。
この段階では、膵臓がインスリンの分泌量を増やすことで、血糖値を正常に保っている場合があります。
そのため、本人には自覚症状がなく、通常の血糖検査でも異常が見つからないことがあります。
2.内臓脂肪が増えると何が起こるのか
お腹の内側にある内臓脂肪は、単にエネルギーを蓄えているだけではありません。
さまざまな生理活性物質を分泌する組織でもあります。
内臓脂肪が過剰に増えると、脂肪組織の働きが乱れ、慢性的な炎症やインスリン抵抗性に関係する変化が起こりやすくなります。
すると、筋肉ではブドウ糖を取り込みにくくなり、肝臓では糖の放出を十分に抑えられなくなることがあります。
こうして血糖値が上がりやすい状態がつくられていきます。
ただし、痩せている人なら安心というわけではありません。
日本人を含む東アジアの人々には、肥満が目立たなくてもインスリンの分泌能力が低下し、2型糖尿病を発症する人がいます。
体重だけで健康状態を判断しないことが大切です。
3.脂肪肝と糖尿病の深い関係
肝臓は、血糖値を調整するために重要な役割を担っています。
食事から取り込んだ糖をグリコーゲンとして蓄え、必要に応じて血液中に放出します。
ところが、エネルギーの過剰摂取や運動不足などが続き、肝臓に脂肪が蓄積すると、インスリンの働きが悪くなることがあります。
これが脂肪肝と糖尿病が深く関係している理由の一つです。
特に、代謝機能障害関連脂肪性肝疾患(MASLD)は、肥満やインスリン抵抗性、2型糖尿病と密接に関連しています。
しかし、脂肪肝の人が必ず糖尿病になるわけではありません。
反対に、脂肪肝がなくても糖尿病になることはあります。
肝臓の健康状態にも目を向けることが、糖尿病予防には大切なのです。
4.食後血糖値が先に上昇することがある
健康診断では、朝食を食べる前の空腹時血糖値を測ることがよくあります。
ところが、空腹時血糖値が正常でも、食後の血糖値だけが高くなっている人がいます。
これを「食後高血糖」といいます。
食後の血糖値が上がること自体は正常な反応ですが、その上昇が過度になったり、なかなか下がらなくなったりすることが問題です。
初期の糖代謝異常では、食後に必要なインスリンが適切なタイミングで分泌されなくなることがあります。
この段階では、普段の生活で異常を感じないことも少なくありません。
そのため、空腹時血糖値だけでなく、HbA1cや必要に応じたブドウ糖負荷試験などを組み合わせることが重要になります。
5.膵臓はどのように変化していくのか
インスリンをつくっているのは、膵臓の中にあるβ細胞という細胞です。
インスリン抵抗性が強くなると、血糖値を保つために、より多くのインスリンが必要になる場合があります。
膵臓はその需要に応えようとします。
しかし、遺伝的な体質や加齢、高血糖、脂質代謝の異常などが重なると、β細胞の働きが次第に低下することがあります。
十分なインスリンを分泌できなくなると、血糖値が高くなり、糖尿病の発症につながります。
ここで重要なのは、単に膵臓が「疲れた」というだけでは説明できないことです。
β細胞の機能低下には、さまざまな複雑な仕組みが関係しています。
6.糖尿病になる10年前の体には何が起きているのか
糖尿病になるまでの期間や変化の順序には、個人差があります。
すべての人が10年かけて糖尿病になるわけではありません。
それでも、長期間にわたる研究から、診断の数年前にはすでに血糖調節の変化が始まっている人がいることが分かっています。
例えば、次のような変化です。
- 筋肉や肝臓でインスリンが効きにくくなる。
- 膵臓がインスリンの分泌を増やして血糖値を保とうとする。
- 食後の血糖値が下がりにくくなる。
- 膵臓のインスリン分泌能力が十分に追いつかなくなる。
- 空腹時血糖値やHbA1cも高くなり、糖尿病の診断基準に達する。
ただし、これは代表的な仕組みを整理したものであり、すべての人が同じ順序で進行するわけではありません。
そして、これらの変化が起きていても、喉の渇きや多尿などの典型的な症状が現れないこともあります。
だからこそ、自覚症状がない段階からの予防と検査が重要になります。
7.毎日の食生活はどのように関係しているのか
2型糖尿病は食生活だけで決まる病気ではありません。
遺伝的な体質、年齢、筋肉量、運動量、睡眠など、さまざまな要因が関係しています。
しかし、毎日の食事が重要な役割を持っていることは確かです。
特に注意したいのは、砂糖入り飲料の習慣的な摂取、食べ過ぎ、食物繊維の不足、精製された穀類に偏った食事などです。
例えば、甘い飲料は短時間で多くの糖分を摂取しやすく、満腹感も得にくいという特徴があります。
また、ご飯、パン、麺類などの主食も、適量を超えて食べ続ければエネルギー過剰につながります。
一方、玄米や大麦、豆類、野菜など、食物繊維を含む食品を取り入れることは、血糖管理に役立ちます。
ここで大切なのは、特定の食品だけを悪者にしないことです。
糖尿病予防の基本は、栄養のバランスを整え、食べ過ぎを防ぎ、無理なく続けられる食習慣を身につけることです。
8.筋肉は血糖値を調整する大切な器官
私たちの体でブドウ糖を多く利用する組織の一つが筋肉です。
筋肉は運動すると、エネルギーとしてブドウ糖を使います。
さらに、運動にはインスリンの働きを改善する効果があります。
加齢によって筋肉量が減ると、血糖値の調節にも影響が出る場合があります。
高齢者にとって重要なのは、体重を減らすことだけではありません。
十分なたんぱく質を取り、筋肉を維持し、体力に合わせて体を動かすことです。
食後に無理のない範囲で歩くことや、日常生活の中で立つ・歩く機会を増やすことも役立ちます。
9.糖尿病は発症前に防ぐことができるのか
糖尿病予備軍と判定された場合でも、その後必ず糖尿病になるわけではありません。
食生活の見直しや運動によって、2型糖尿病の発症を予防したり、遅らせたりできる可能性があります。
米国の糖尿病予防研究では、食事改善、運動、適切な減量を組み合わせた生活習慣改善プログラムによって、糖尿病の発症リスクが大きく低下しました。
この結果は、日々の生活習慣が将来の健康に影響することを示しています。
ただし、すでに糖尿病と診断されている人は、食生活の改善だけに頼らず、必要な治療を受けることが大切です。
10.これからの健康を守るために
糖尿病を考えるとき、血糖値の数字だけに注目しがちです。
しかし、その背景には膵臓、肝臓、筋肉、脂肪組織など、多くの器官の働きが関係しています。
健康診断の結果が正常だからといって、その後も糖尿病にならないと保証されるわけではありません。
一方、糖尿病の危険因子があるからといって、必ず発症するわけでもありません。
私たちができることは、毎日の食事を整え、筋肉を維持し、体を動かし、定期的に検査を受けることです。
糖尿病を防ぐために大切なのは、病気になってから食を考えるのではなく、健康なうちから食生活を見直していくことです。
今日の一食、今日の運動、今日の生活習慣が、数年後、10年後の健康を支える一歩になるのです。
記事の医学的な裏付け
今回の記事では、特に以下の資料を参考にしました。
- 日本糖尿病学会「2型糖尿病の薬物療法に関するアルゴリズム」:日本人のインスリン分泌能力と抵抗性の特徴。日本糖尿病学会
- Whitehall II研究:糖尿病発症前の血糖値やインスリン感受性の長期的な変化。epi-c.jp
- 米国国立糖尿病・消化器病・腎疾病研究所(NIDDK):インスリン抵抗性、予備群、脂肪肝との関係。NIDDK
- 米国疾病予防管理センター(CDC):生活習慣改善による2型糖尿病の発症予防。